軽やかに生きるための【人を許す技術】
「会社に行くことが辛くて辞めたい」
「自分に自信がない」
「人生が楽しくない」
こういった思いを持っている人の話を聞いて掘り下げていくと、
結局、最後には「人間関係の悩み」にたどり着く。
未解消になったままの「他人に傷付けられた記憶」を抱えている場合が多い。
自分に自信がないのは、
何かを「上手くやれなかったから」でも「失敗したから」でもない。
そういったことで「他人に否定された経験、記憶」に依るものだ。
そして「失敗=否定される」と思い込んでいる。
他人から否定されることは「自分という存在価値の下落」であると、
「間違った意味付け」をしてしまっている。
上手くやれなくても、失敗しても、
「大丈夫だよ」と励ましてくれる人が側にいれば、
簡単に自信を失うことはない。
逆に、したり顔でニヤニヤしながら、嫌味たっぷりに、
バカにされたり、罵倒されたり、誹謗中傷されたり、陰口を叩かれたり、
存在そのものまで否定してくるような人間が側にいたら・・・
「アイツだけは許せない」
そういった「憎しみ」を抱えながら生きることになる。
「殺してやりたい」とすら思うこともあるだろう。
私もそうだった。
サラリーマン時代、殺意を抱くほどに憎んでいた人間がいた。
いつも他人を監視し、隙あらば「バカにして笑ってやろう」
「噂を流してやろう」と狙っているような人間である。
他人のミスや失敗を見ることが大好きで、他人が落ち込んでいるところを見て、
「ざまあみろ!」と、悦に浸り、頼まれてもいないのに、
周囲に言いふらして回ることを趣味にしているような人間。
そいつの顔を見るだけで気分が悪くなったし、
本気で殴り倒そうと思ったことも何度もあった。
先に申し上げておくが、当時から私は温厚な性格で、
自分の忍耐力には相当の自信があった。
そんな私でも、冷静さを失くすレベルの人間が何人かいた。
私がいた会社は「足の引っ張り合い」「腹の探り合い」はもちろん、
他人を嘲笑し、蹴落とすという企業体質が蔓延している、異常な場所だった。
だが、私が会社で致命的なミスをし、どん底の状態まで落ちた時に、
「もう、こんな惨めな人生は嫌だ」
「変わらなければならない」
「自分を成長させよう」
という覚悟を持つに至った。
そして、超一流の経営者、コーチ、人材育成家、パブリッシャー、武道家といった
メンターから学び続けて行く中で、
『「人を憎むこと」が、いかに自分の意識(人生)に悪影響を及ぼすか』
ということに気付いたのである。
あなたにも「アイツだけは許せない」「潰してやりたい」
そう思ってしまう程、憎んでいる相手がいるかもしれない。
自身の経験を踏まえて、
私が言えることは一つ。
その人を、許してあげよう
考えてみてほしい。
あなたが、その人を憎んだままで、
あなたは本当に幸せに生きられるだろうか?
何気ない日常に、幸せを感じられるだろうか?
「人を許すこと」は、
あなたが、あなたの人生を幸せに生きるための「戦略」である。
あなたが、あなたの幸せの為に許すのだ。
他人を憎みながら、幸せになった人はいない。
今まで数多くの人間を観察してきたが、例外を見たことがない。
心理学的に見ても、それは当然の結果といえる。
人間の脳は「他人にかける言葉」と「自分にかける言葉」の区別ができない。
他人に対して「死ね」と思うことは、
自分に対して「死ね」と思うことと同義である。
他人を憎むことは、自分を憎むことである。
他人をバカにすることは、自分をバカにすることである。
他人を騙すことは、自分を騙すことである。
そして「人を許すこと」は、
「自分の人生の主導権を取り戻す」ことでもある。
「アイツがいるから気分が悪い」
「アイツのせいで幸せじゃない」
「アイツさえいなければ」
「アイツのせい」にした瞬間に、
あなたの人生の主導権は「アイツ」に委ねられることになる。
「あなたの人生」なのに「アイツ次第」で幸・不幸が決まる。
おかしいと思いませんか?
あなたの「人生の幸せ」は、あなたが決めることだ。
そして、
結局「他人を攻撃すること」は「弱さ」でしかないのだ。
どんなに表面的に強がっていたり、粋がっている攻撃的な人間でも、
その人間の意識の根底にあるのは「劣等感」である。
他人をバカにして「下げる」ことで、
自分が「上がった」気になって満足したいのである。
他人を従属させることで、
自分には価値があると思いたいのだ。
そうしなければ、不安で仕方ないのだ。
その「人間の心理行動パターン」を知ると、
そういった人間を憎むことが馬鹿馬鹿しく思えてくる。
もちろん、我慢して、無理矢理仲良くする必要はないし、
嫌いならそれでもいい。
しかし「憎しみ」と言う執着心にとらわれていると、
常に無駄に消耗し続けることになる。
そういった人達は、必然的に自滅の道を辿るのだから、
気にする必要はない。
放っておいてあげよう。
結局は、
「因果応報」なのである。
自分のために許して、手放そう。
不要な重荷はさっさと手放して、
もっと「軽やかに生きること」を心がけることが大切である。
明日は明日の風が吹く。