「酒に逃げる」という生き方
昨日の夜、電車に乗っていると、
酔っぱらいのサラリーマンが、突然隣の兄ちゃんに喧嘩を売り始めた。
酔っ払いが、一方的に「やんのか?おぉ?」と絡み出し、
さも格闘技経験者のように、拳を振り上げて挑発的な動きを見せた。
それだけなら、別に気にすることもなかったのだが、
酔っぱらいが兄ちゃんに殴りかかろうとしたので、
私が腕をパッと払いのけ、そのまま間に入って「壁」になり、事なきを得た。
で、その時の酔っぱらいの「苦悶するような表情」を見たのだが、
「ああ、相当抱え込んでるな・・・・」と、色々と察してしまった。
目に浮かんでいるのは「恐怖感」「自責の念」であり、
「助けてくれ」という心の叫びが、聞こえてくるようだった。
何年も「人の心」について学んできたおかげで、
その人の「意識」「価値観」「在り方」
そういったことは、その人が放つ空気感で、大体わかるようになってきた。
特に「人がダメになるパターン」については、
サラリーマン時代に、嫌気が指すほど目の当たりにしてきた。
「酒に逃げる」という生き方を選択する人間も、何人も見てきた。
そういった弱さ、悲哀を抱えた生き方しかできない人間を。
例えば、
サラリーマン時代、究極的に酒癖の悪い人がいた。
普段は人当たりが良いのだが、
酒を一定量飲むと目が座り、超攻撃的な性格に豹変するのだ。
昔「ジキルとハイド」という映画があったが、
それをイメージしてもらうと分かりやすいと思う。
会社の花見で同席した時には、その人が私の原付を奪い、
全裸で河川敷を爆走していたのも、今では素敵な思い出である。
(「やめてくださーい!」と絶叫した記憶がある)
居酒屋で同席した時には、トイレを破壊して警察に連行されて行ったのも、
今では素敵な思い出である。
(それ以来、その人が飲み会を追放されたのは言うまでもない)
酒気帯び出勤を数えきれないほど繰り返したが、奇跡的な悪運の強さで大事にならず、
むしろ地味に出世していったという(普段の人当たりは良い)、波乱万丈な人だった。
しかし、今まで数えきれない位、酒で痛い目に遭ってきたのに、
酒を止めることはできないままだった。
もう一人、印象的なアル中のオッチャンが会社にいた。
私とおっちゃんは同期で、入社した頃は30代後半で元気だったが、
晩年は少しづつ体を壊し、仕事ができなくなっていった。
同期の人間は気を使って助けるのだが、
新人や後輩には露骨に嫌がられ、見下されるようになっていった。
そんな状況だから本人もフラストレーションが溜まり、
さらに酒に逃げるようになっていった。
お金がないので、安い添加物まみれの缶チューハイを大量に飲み続け、
どんどん健康状態を悪化させていった。
私を含めた同期の人間は、オッチャンを心配して
「もう酒は控えた方がいいですよ」と言うのだが、
オッチャンは、そんな気遣いに対して感謝はするものの、酒の量は増えて行った。
私が退職する3ヶ月ほど前に、
オッチャンは自宅で亡くなっているのを発見された。
近隣の住民が「部屋から異臭がする」と警察に通報したのだ。
周囲の誰もが、薄々こういった結末を迎えてしまうのではないかと、
危惧していた通りの結末だった。
そして本人も、心のどこかでそれをわかっていたはずである。
まるで、大きな「不幸という名の闇」に吸い寄せられていくような・・・
得体の知れない「悪い流れ」に飲み込まれていくのを、
私を含めた周囲の人間も感じていたのに、
最後まで、その「流れ」を止めることができなかった。
何故、彼等はそうなったのか?
そんな生き方しかできなくなったのか?
シビアな言い方だが、
結局、本人が「諦めた」のだ。
「自分の人生」を、諦めたのだ。
酒だけが、人生の哀しみを忘れさせてくれるから。
どんなに優れたコーチングでも、
効果の出ない人がいる。
「自分が変わることを望んでいない人」である。
「諦めた人」である。
私のいた会社は「諦めた人」が、最後にたどり着くような場所だった。
ただ、私は、そういった人達に伝えたかった。
「諦める必要なんて、ないんだよ!」
「俺だって、今までめちゃくちゃな人生を生きてきて、
自分のことが大嫌いで、惨めで救いようのない「どん底の状態」からでも
這い上がれたんだから、幸せになれたんだから、あなたにもできるはずだ!」
「あなたは強いから」
「あなたは若いから」
「ふざけるな」と言いたかった。
どれだけ泥沼をのたうち回って、辛酸を舐め続けてきたか。
ただ、最後の最後で、ギリギリのところで諦めなかった。
なんとか踏みとどまり、歯を食いしばって、立ち上がった。
私はもう、そういった歯がゆさ、悔しさを味わうつもりはない。
少しでも多くの人に「諦めるな!」と伝え続けたい。
私は、自分自身にかけ続けていた「人生の呪い」を断ち切った。
しかしそれは、誰にでもできることだ。
ほんの少しの、勇気さえあれば。
明日は明日の風が吹く。