中間管理職が「上司と部下の板挟み」に陥る原因と5つの対処法
「仕事に結果を、自分に誇りを」
ビジネスメンタルトレーナーの木下空です。
「もう、限界だ。つらい…」
上からは「結果を出せ」と詰められ、下からは「なんとかしてください」と突き上げられる。
自分の仕事だけでも精一杯なのに、部下の面倒を見ながら、上司の顔色も伺う。
いわゆる、
「上司と部下の板挟み」
嫌なサンドイッチである。
冗談はさておき。
この状況はしんどいですよね。
なんとかしないと、自分が潰れてしまう。
ただ、その「板挟み」から抜け出す方法はあります。
ちなみに、
「転職」とか「我慢」とかそんな話ではなく、
もっと根本的な解決法です。
今回は、中間管理職の
板挟みのストレスに押し潰されそうな方に向けて、
「板挟みが起こる原因」と
そこから抜け出し、充実しながら
スムーズに結果を出すための「5つの方法」をお伝えします。
目次
中間管理職の「板挟み」の現実
まず、大切なことをお伝えします。
そもそも「中間管理職の板挟み」は、
その人の能力の問題だけではない、ということ。
構造的に発生するものなんです。
上層部の視点は、
「どう経営していくか」
「どう利益を出していくか」という外側に向いた視点。
現場の視点は、
「どう仕事を回していくか」
「どう負荷を減らしていくか」という内側に向いた視点。
見ている景色が全く違うのだから、意見が食い違うのは自然なこと。
その「間」に立っているのが中間管理職です。
よくある話ですが、
上からは「今月の数字、どうなってるんだ」と詰められる。
しかし、現場はリソースが足りていない。人も時間も足りない。
部下からは「この業務量は無理です」と突き上げられる。
部下の気持ちもわかる。
しかし、会社の方針は伝えないといけない。
自分も納得していない決定を、
時として、部下に「やれ」と言わないといけない。
これが、きつい。
ちなみに私の
中間管理職時代のことですが、
「作業マニュアルを作る」というプロジェクトがありました。
現場で色んな人から意見を集めて、ようやくマニュアルが完成した。
で、出来上がったものを見て愕然としました。
現場で全く使えない、
クソみたいなマニュアルだった。
なぜそうなったのか?
マニュアルを読み込んでいくと、理由がよくわかった。
上層部の本音が、全部透けていたんです。
一言で言うと、
「上に責任が及ぶようなことは絶対にするな」
つまり、このマニュアルの目的は
「現場の作業を効率化すること」ではなく、
「上層部にミスの責任が飛んでこないようにすること(保身)」だった。
全てに複数のチェック項目を設けて、完璧なクオリティの作業をこの時間内にやれ、と。
現場の作業員が仕事をやりやすいように、などという視点は一切なかった。
(出典:北斗の拳)
当然だが、従業員の間で
「こんなもん、現場で使えるわけがない」と
非難が渦巻いた。
物理的に、時間内に無理だろう、と。
ただ、マニュアル通りにやらないと上から叱責される。
理不尽の極み。
そんな時、中間管理職は
「こんなマニュアル現場で使えるか」と思っていても、
部下に「これでやってください」と言わないといけない。
まさに、板挟み。
あなたも、こういった経験があるかもしれない。
それに加えて、中間管理職は
「プレイングマネージャー」である。
自分の仕事を抱えながら、チームのマネジメントもやる。
部下を評価する側でありながら、自分も上から評価される側。
つまり、中間管理職というポジションは、
構造的に板挟みが発生するようにできている。
これは、誰が悪いという話ではないんです。
上司がまともでも、部下が優秀でも、板挟みは起こる。
中間管理職とは、
文字通りそういうポジションです。
ただ、同じ中間管理職でも
板挟みで潰れる人と、潰れない人がいる。
この「差」は、どこから来るのか?
結論から言うと、
「自分のゴールが定まっているか」です。
「自分は何のために仕事をしているのか?」
「仕事でどんな結果を出したいのか?」
ここが明確になっていないと、
「判断基準」が生まれてこない。
判断基準がないと、
上司の意見に引っ張られ、部下の不満にも引っ張られる。
あるいは逆に、自分の「目先の正しさ」に固執し過ぎて、上にも下にも戦いを仕掛けてしまう。
どちらにしても、結果は同じです。
抱え込み過ぎて潰れるか、
孤立して潰れるパターン。
板挟みの問題は、
「間に挟まれていること」自体が問題なのではない。
その「間」で、どう自分が判断するか。
そこが明確に定まっていないことが、ストレスの原因だといえる。
「中間管理職の板挟みがつらい…」私が半年で潰れた話
ここで、私の体験談をお話ししたい。
私は33歳で中間管理職になった時、半年も保たずに心が折れて休職しました。
私が潰れた原因は「八方美人」ではない。
むしろ、真逆です。
「自分の正しさ」を、上司にも部下にも押し付けて、戦ってしまったんです。
「仕事はきっちりやるもんだ」
「やる気がないやつは帰れ」
「俺の基準に満たないのは、全部ダメだ」
もちろん、自分としては正しいことをしているつもりだった。
会社の腐った体質を変えたかった。
仕事は本気でやっていたし、
自分から率先して仕事を引き受けていた。
その分、納得できないことがあれば
上にも噛みついたし、下にも厳しく当たった。
率直に、あの頃の自分は
相当「傲慢な人間」だったと思う。
結果、どうなったか。
敵を作り過ぎて、四面楚歌になった。
孤立し、陰口を叩かれ、人間関係が崩壊した。
そして、じわじわと追い詰められていき、
仕事でミスが目立つようになり、
最後は心が折れて40日間休職した。
あの時は、本当に辛かった。
今振り返って思うのは、
当時の私は自分の
「好き/嫌い」
「正しい/間違い」を
絶対的な物差しにして
仕事をしていた、ということです。
好きな人、尊敬する人、同じ価値観の人にはフランクに接する。
多少のミスも大目に見るし、世話も焼く。
でも、
「こいつはクソだ」
「あり得ない」「許せん」と思った相手には、
とことん冷たく、厳しく当たる。
人としては、よくある話かもしれない。
ただ、マネージャーがこれをやったら致命的なんです。
なぜか。
周りが、全部見ているから。
「あの人は、自分の好き嫌いで仕事をする」
そう思われたら、終わりです。
自分では「正当な評価」をしているつもりでも、周りから見たら「えこひいき」にしか見えない。
この「自己認識」と「周囲の評価」のギャップが、私を孤立させた。
ただ、あの時潰れたことが、人生最大の転機になった。
完全に懲りたんです。
「ああ、もうこんな思いは二度とゴメンだ」
「自分のやり方は、間違っていた」
心の底から、そう思えた。
そこから、徹底的に自問自答した。
そして、後述する「自分のゴール」を決めた。
ゴールを決めたことで、
判断基準が生まれ、人との関わり方が根本から変わった。
人と「戦う」のをやめて、
「理解する」ことを始めた。
それまでの私は、
「こいつは間違っている」
「こいつはダメだ」と、
相手を
「白」か「黒」か、
「敵」か「味方」かで分けていた。
しかし、冷静に考えてみれば、
どんな相手にも「良いところ」もあれば「悪いところ」もある。
それをフラットに、フェアに見てみること。
ここが、大きな転換点でした。
別に、共感できない相手に無理やり共感する必要はない。
肯定できないことを、無理やり肯定する必要もない。
ただ、「この人はなぜそう考えるのか」を理解しようとする。
それだけでも、人間関係が大きく変わっていった。
「理解した上で判断する」のと、
「好き嫌いで判断する」のとでは、天と地ほどの差がある。
前者は「フェア」で、
後者は「えこひいき」
あなたが部下だとして、
どちらの上司についていきたいだろうか?
その後、私は
崩壊した人間関係を1年かけて立て直し、
休職する前よりも大きな
業績と評価を得るに至った。
「心が折れて休職→いつの間にか退職」
という人を何人も見てきたが、
私は復活し、返り咲くことができた。
その後、
「もうやり残したことはない」と、
起業して、今年で10年目になる。
そういった体験から私が辿り着いた
「板挟みのストレス」から抜け出す為の
具体的な方法をお伝えしていきます。
仕事の板挟みのストレスから抜け出す5つの方法
自分の「ゴール」を定める
まずは、これが最重要。
前述した「ゴール」の話をここでお伝えします。
休職して、徹底的に自問自答した。
まず認めたのは、
「会社は変わらない」ということ。
上層部のやり方がクソだろうが、体質が腐っていようが、それは自分にはどうにもできない。
ここは、自分のコントロールの外側の話である、と。
「上が評価してくれない」
「認めてくれない」
それも、全部捨てた。
それは結局、
「自分ではどうにもできないこと」に
依存し続けているだけの構図だから。
その生き方自体が、苦しみを生んでいた。
では、自分はこの仕事を何のためにやるのか?
どうしたら、モチベーションを持ってやれるのか?
自分だけの「理由」が必要だった。
突き詰めて、
辿り着いた結論がこれだった。
「俺が、俺の仕事に納得できるか」
これだけ。
今日一日、自分が決めたレベルの結果をきっちり出す。
ミスなく仕事を完了させる。
自分の役割を、職責をきっちり全うする。
そして清々しく家に帰る。
それだけでいい、と。
同時に、自分の職責を明確にした。
「ここからここまでが、自分の役割」
中間管理職としての、自分の職責を果たす。
自分の職責以外のことは、やらなくていい。
職責の範囲外のことは、一切やる必要はない。
そして、
「ゴール」が定まったら、
判断基準が生まれる。
「自分が納得できる結果を出す」という
ゴールを達成するために、何をすればいいか。
そこから逆算して、全ての行動が決まっていく。
たとえば、
「人との関わり方」
仕事で自分の納得できる結果を出す。
そのために人と関わる。
そこに「好かれる/嫌われる」という判断軸はないわけです。
好かれて困ることはないが、全員から好かれる必要はない。
自分が納得できる結果を出すために必要な「関係性」を作る。
それだけの話なんです。
別に、取引だけの関係性でもいい。
もちろん、「敵を作らない」というのは大前提。
敵を一人作るだけで、どれだけ仕事が回らなくなるか。
どれだけ停滞が起こりやすくなるか。 これは休職した時に、痛いほどわかった。
ただ、敵なんて自分から
「いらんこと」をしなければ、そうそうできない。 中には幼稚に攻撃してくる人もいるが、
スルーしていれば自然と収まっていく。 相手にしてくれないとわかったら、向こうも飽きるんです。
部下にもガンガン詰めることをやめた。
期待するのもやめた。
「60点取ってくれたらok」
というスタンスに変えた。
残りは自分がチェックして、
何かあったらカバーすればいい。
人を圧力で詰めても、
結局自分の思った通りの結果にはつながらない。
それは休職した時に、身に染みてわかった。
この「自分の判断基準」が明確になったことで、
感情に振り回されることがなくなった。
淡々と、冷静に仕事ができるようになった。
迷うこともなくなった。
判断基準の通りに行動すればいいだけだから。
自分のゴールを定めること。
これが、板挟みから抜け出すための土台になる。
上司と部下の間を「翻訳」して伝える
板挟みで苦しむ中間管理職の多くは、
上司の指示を「そのまま」部下に伝え、
部下の不満を「そのまま」上司に伝えようとする。
これだと、ただの「伝書鳩」になってしまう。
中間管理職の仕事は、
「翻訳」なんです。
たとえば、
上が「もっと数字を上げろ」と言ってきた時、
それをそのまま現場に伝えたらどうなるか。
おそらく反発される。
しかも、会社ではなく
なぜか自分が反発を受ける(笑)
だから、こう翻訳する。
「今月あと○件取れたら、チーム全体の評価が上がる。
そのために、まずAの案件を優先しよう」
こうやって、上司の「圧」を
部下が動ける「具体的なアクション」に変える。
逆に、
部下が「この業務量は無理です」と言ってきた時、
それをそのまま上司に言えば、
あなたの管理能力が疑われる。
そんな時は、こう翻訳する。
「現在のリソースで優先すべき案件を絞りました。
一旦、この3件に集中させていただけませんか?」
部下の「不満」を、
上司が判断しやすい「提案」に翻訳する。
前述した「クソみたいな作業マニュアル」が
上から降ってきた時、私がやったことがある。
マニュアルを見た時は、正直「ふざけるな」と思った。
ただ、上に噛みついても何も変わらない。
かといって、そのまま現場に下ろしたら部下が潰れる。
そこで、自分の判断で「折衷案」を作りました。
・上から見ても文句のつけようがない(形式は守る)
・現場でもちゃんと使える(実質的な運用は効率化する)
マニュアルの7割はきっちり遂行する。
ただ、明らかに無駄な部分は
効率化して、現場が回るようにした。
上の人間が視察に来た時は、
完璧にマニュアル通りにできるよう
頭に叩き込んでおく。
普段の業務では、
品質を落とさず効率化して回す。
これが「翻訳」です。
上の意図も汲みつつ、仕事を回せるようにする。
どちらか一方に肩入れするのではなく、
「両方が成立する着地点」を自分の頭で考える。
この「翻訳力」こそが、
中間管理職の役割であり、
腕の見せ所だといえる。
「自分の正しさ」だけで仕事をしない
私が潰れた最大の原因は、
「自分の正しさ」を押し付け、
従わない人間を攻撃したことでした。
しかし、
ビジネスは「正しさ」を競う場ではなく、
「結果」を出す場です。
裁判所じゃないんだから。
正論で戦っても、
待っているのは「孤立」だけです。
正しさで人は動かないし、
正しさで信頼は生まれない。
そして、
人を「良い/ 悪い」「正しい/ 間違い」といった
二者択一で見てしまうと、判断が偏る。
好きな部下にはとことん甘くなり、嫌いな部下にはとことん厳しくなる。
で、周りから見たら「えこひいき」にしか見えない。
私自身が痛感したことです。
ここで大事なのは、
苦手な相手、嫌いな相手に対して
「この人の良いところ」
「この人にできること」
「この人の得意なこと」は何だろう?
と、意識的に考えてみること。
正直、最初は
「こんな奴のどこに良いところがあるんだよ」と思いました。
それでも、探してみる。
「あの人、仕事は遅いけど、丁寧ではあるな」
「口は悪いけど、優しいところもあるな」
「ウザいけど、一応やる気はあるな」
「やる気はないけど、嘘はつかないな」
こうやって、
相手の「陰と陽」の両方を見る。
良い部分も悪い部分も含めて
「全体」として捉える。
この視点を持つと、
特定の人に対する
「好き嫌いフィルター」が外れていくんです。
そのための
具体的なアクションとして効果的なのが、
「でも」「いや」といった
否定系の言葉を使うのをやめること。
「いや、それは違うだろ」
「でも、こっちの方が効率いいだろ」
この「でも」「いや」が口癖になっている人は多い。
その言葉の代わりに、
「うん」
「そうですね」
「そうなんだ」
「わかりました」と、まずは受ける。
「うん、そういう考え方もあるよな」
「そうなんですね、詳しく教えていただけませんか?」
言葉を変えるだけで、相手が話しやすくなる。
結果的に、自分の意見も通しやすくなる。
「自分の正しさは、あくまで自分の正しさに過ぎない」
この前提を持った上で、
相手をフェアに見て、フェアに接する。
「あの人は、フェアな人だ」
周りにそう思わせれば、
板挟みに陥ることが減っていきます。
「NO」を明るく伝える技術を持つ
そもそも、
「板挟みになりやすい人」もいます。
いい人。
断れない人。
真面目で、責任感が強い人。
つまり、「NOが言えない人」なんです。
頼まれたら、断れない。
「自分がやらなきゃ」と思ってしまう。
断ることに、罪悪感を感じてしまう。
その結果、何が起きるか。
「この人は、頼めばやってくれる」
周りがそう認識してしまうわけです。
結果、どんどん頼まれるようになる。
上からも下からも、仕事が降ってくる。
他人の仕事まで抱え込んで、キャパオーバーになって、潰れる。
この悪循環は、
シンプルに「断らない」から止まらないんです。
ここでお伝えしたしたいことは、
「NO」と言うことは、冷たいことではない。
むしろ「誠実」だということ。
できないのに、
「やります」と言う方が、よっぽど不誠実でしょ?
結局やれなくて、
もっと大きな迷惑をかけることになるのだから。
そんなことになるくらいなら、
最初から正直に
「今の自分のキャパではちょっと難しいです」と伝えた方がいい。
ただ、ここでポイントがあります。
「断り方」が大事なんです。
たとえば、
「あの…申し訳ないんですけど…ちょっと…」
こんな風に、暗い顔して、重い空気を出しながら断られたら、
頼んだ側も「うわ…悪いことしたかな」となるし、お互い気まずい。
「いえ、できません」と
ビシッと言うのも、角が立ちやすい。
そうではなく、
明るく、爽やかに、清々しく断ればいいんです。
「すみません、今ちょっとパンパンで!○日以降なら全然いけますけど、どうでしょう?」
もしくは、相手に両手を合わせて
「ごめんなさい!今こっちもいっぱいいっぱいで!」
これでいい。
断っているのに、空気が重くならない。
相手も「あ、じゃあまた頼むわ」と気持ちよく引ける。
そして、自分に余裕が出てきた時に
「さっきの件、今なら手伝えますよ」とカバーしてあげたら、
相手は「この人は断る時は断るけど、ちゃんとフォローしてくれるんだな」と感じる。
これが、
信頼される断り方です。
罪悪感を抱えてズルズル引き受けるよりも、
明るく断って、後からカバーする方が
よっぽど良い関係が築ける。
「NOと言うこと」は、
自分を守りながら仕事を回すために
必要な「誠実さ」です。
「実力」で認めさせる
そして、結局最後に必要なのは
「実力」だといえます。
どれだけ人柄が良くても、
どれだけコミュニケーションが上手くても、
「仕事で結果を出している」という土台がなければ、人は動かない。
これが現実です。
上司も部下も、シビアに見ている。
「この人は、実力があるのか」
「この人の言うことは、信用に値するのか」
そこが認められていないと、何を言っても響かない。
頼み事をしても、聞いてくれない。
指導しても、
「あんたに言われたくねーよ」で終わりです。
では、実力を認めさせるために何が必要なのか。
派手な成果を出すことよりも、
まず大事なのは「マイナスを作らないこと」 です。
管理職がミスを連発していたら、示しがつかない。
「自分のこともまともにできない人間が、何を偉そうに」と思われる。
部下は、上司の「良いところ」より「ダメなところ」を先に見るもの。
だから、まずは自分の仕事を確実にこなす。
凡ミスをなくす。約束を守る。期限を守る。
地味ですが、これが全ての土台です。
この土台があってはじめて、
「この人の言うことなら聞こう」という信頼が生まれる。
人間関係の板挟みは「成長の通過点」である
最後に。
ここまで読んで、
「結局、全部自分のせいってことか…」と落ち込んだ方もいるかもしれない。
そうではないんです。
構造的に板挟みが発生するポジションに
いる時点で、あなたは「難しい場所」に立っている。
十分大変なことをやっているし、
誰にでもできることではない。
その上で、大切なことをお伝えしたい。
板挟みで苦しんでいるということは、
あなたが「両方の立場」を理解できる人間だということ。
上司の苦しみもわかる。
部下の辛さもわかる。
それはつまり、あなたが
「人の痛みがわかるリーダー」に
なれる素質を持っているということです。
鈍感な人間は、板挟みでは苦しまない。
何も感じないから。
あなたが苦しんでいるのは、
あなたが「誠実な人」だからです。
私自身、あの時潰れなかったら、今の自分はない。
あの経験がなかったら、
本当の意味で「相手を理解する人間」にはなれなかった。
だから、今あなたが苦しんでいるその経験は、無駄にはならない。
無駄どころか、めちゃくちゃ
この先の「人生の資産」になるんです。
逃げずに向き合えば、必ず道は開かれていきます。
応援しています。

