「夭折の天才ピアニスト」 ディヌ・リパッティ
ディヌ・リパッティ(1917-1950)
圧倒的に傑出した才能、卓越した演奏能力を持ちながら、
当時「不治の病」だったリンパ腫に罹り、
わずか33歳でこの世を去った、孤高の天才ピアニストである。
リパッティは、ルーマニアのブカレストに生まれ、
ヴァイオリニストの父と、ピアニストの母という音楽一家で育った。
ブカレスト音楽院で学び、
1933年にウィーンで行われた国際ピアノコンクールでは、
素晴らしい演奏を見せたが、審査員に「若過ぎる」と考えられ、2位に終わる。
しかしこの時、審査員の一人だったアルフレッド・コルトーが、
その結果に憤慨、抗議して審査員を辞任したという逸話がある。
リパッティといえば、主にショパンやモーツァルト等の、
端正で透明感を感じさせる演奏で知られているが、
代表作と言えば、バッハの 「主よ、人の望みの喜びよ」ではないだろうか。
これは、晩年の1947年〜1948年に録音されたもの。
Dinu Lipatti 「Encore Pieces for Piano」(CD)
彼のピアノは技巧的というより内省的で、
一つ一つの音をゆっくりと、丁寧に紡ぎ出している。
バッハの「主よ、人の望みの喜びよ」は、
元はカンタータBWV147のコラール(礼拝用の賛美歌のようなもの)なのだが、
その歴代のピアノ演奏記録の中で、最も素晴らしい作品なのではないだろうか?
本当に、この世のものとは思えないほどの美しさで、
聴いていると、端正で穏やかな情景が心に浮かんでくるようだ。
彼が弾くピアノの音色は、その柔らかい響きと透明感が、聴く者の心を震わせる。
「神の救い」が元々の曲の意味なのだが、
そういった高尚なものではなく、もっと身近な感動を感じさせてくれるものだ。
録音作品が非常に少ない事に加え、活動期間も短いにも関わらず、
今もなお、歴史上の偉大なるピアニストとして語り継がれるのは、
残された録音作品の一つ一つが、際立った魅力を放つ傑作だからであり、
それがリパッティの才能の偉大さを物語っている。
最後の録音作品、
彼の死の2ヶ月前に行われたブサンソン音楽祭のリサイタルでは、
医者から「無理だ」と言われても、その制止を振り切り、こう言った。
「私は観客と約束したんだ。演奏しなければならない」
そして、意識を失いそうなほど酷い病状の中、痛み止めの注射を何本も打ちながら、
最後の力を振り絞ってピアノの前に座り、鬼気迫る演奏を披露した。
最後に、その時の録音を紹介したい。
後年、アルフレッド・コルトーは、
「若手で最も才能があり、将来を期待している演奏家は?」と質問された時、
こう小さく答えたそうだ。
「リパッティ・・・。しかし、もういない」
2017年は、ディヌ・リパッティ生誕100年である。
彼の残した音楽作品は、今もなお、
時空を超えた輝きを放ち、人々に愛されている。
Comment
細胞の1つ1つから、魂に染み渡るような演奏ですね。