公園の鳩とマイケル・ジャクソン
子供の頃から、
気になっていたことがある。
公園に必ずいる、
あの銀色のアイツ。
ハトである。
なぜ、彼らは歩く時、
あんなに激しく
ヘッドバンキングしているのか。
なぜ、あそこまでノリノリなのか。
その小さな頭の中で、
一体どんな重低音が
鳴り響いているというのか。
私は彼らを見るたびに、
あの謎の縦ノリが
気になって仕方がないのである。
おかげで夜も7時間しか眠れない。
この果てしない謎を解決するため、
私は脳内会議室に
一人の偉人を召喚することにした。
「キング・オブ・ポップ」
マイケル・ジャクソンである。
暇だったわけではない。
いや、少し暇だったのかもしれない。
「ポォウ! 空よ。君はまた、
退屈な常識にとらわれて
ビートを見失っているね」
脳内のマイケルは、
黒いハットにスパンコールの手袋をつけ、
華麗にターンを決めてみせた。
「笑い事じゃないですよ、マイケルさん。
私はあのハトの激しい縦ノリが
気になって仕方ないんです。
なぜ彼らは、あんなに
首を振って歩く必要があるんですか」
マイケルは、
つま先立ちで静止して笑う。
「彼らの鳴き声を知っているだろう?
『ポッポー』だ。
しかし、本当は違う。
あれは私の『ポォウ!』と同じ、
抑えきれない魂のシャウトなんだ。ダッ!」
「ポォウ……」
なんという響きだろう。
ただのハトの鳴き声が、
急に世界を魅了する
スーパースターのシャウトのように思えてきた。
マイケルはさらに語りかける。
「人間は二本足で歩くとき、
ただの移動手段として目的地へ向かうだけだろ?
だが、ハトは違う。
彼らは一歩踏み出すごとにビートを刻み、
歩くという行為すらもダンスに変えている。
地面の豆をついばむだけの退屈な日常を、
最高にポップな
エンターテインメントへと昇華させているんだ。
どんな時も楽しむことを忘れない、
彼らもまた、公園というステージに立つ
アーティストなのさ。ポォウッ!」
私はハッとした。
そうだ。
私はハトを「ただの鳥」という
概念の枠に閉じ込めていたのだ。
彼らは餌を探しているのではない。
魂のビートを刻み、
「ポォウ!」とシャウトし続けている
偉大なアーティストだったのだ。
「マイケルさん……
あなた、ただムーンウォークが上手い
変なおじさんかと思っていました。
わりと良いこと言いますね」
「失礼なやつだな、君は。
まあいい。
最も純粋なステップは、自分が踊っていることにすら
気付いていない者たちが刻むものさ。
君も頭で理屈をこねるのはやめて、
自分の魂が鳴らすビートに身を委ねて生きることだね」
マイケルは満足げにうなずき、
スッと脳内の霧の中へ、
ムーンウォークで消えていった。
私は、
憑き物が落ちたような晴れやかな気分だった。
そうだ、彼らは孤高のアーティストなのだ。
あの激しいビートの輝きは、
確かにこの公園の平和な日常に存在している。
私は溢れんばかりの音楽への敬意を胸に、
ベンチに座って
目の前の銀色のアーティストたちを
温かく見守った。
その時である。
通りすがりのおばあちゃんが、
ビニール袋から
無造作にちぎったパンの耳を
地面にばら撒いた。
バサバサバサッ!!
ハトたちは崩壊したビートを刻みながら
一斉に群がり、
目の前にあるパンの耳をめぐって、
仲間の頭を容赦なく突っつく
血みどろの醜い争いを始めた。
私は静かに空を仰いだ。
そこにはエンターテインメントなど欠片もない。
ただの浅ましく、
実に殺伐とした畜生たちの争いがあるだけだった。
鳴き声も「ポォウ!」などという
カッコいいものではない。
エサを取り合って
「ポッポッポッ!!」とむせ返っているだけである。
(そこの太ったボスみたいなハト、
パンを独り占めし過ぎだろ…)
私が数十秒前まで感じていた
ポップ・ミュージックの歴史が、
おばあちゃんのパンの耳によって
音を立てて崩れ去っていくのを感じた。
脳内のどこかで、キング・オブ・ポップが
「ポォウッ…(そこまでは知らん)」と
ゼロ・グラヴィティの姿勢のまま
逃げていくのが見えた。
野生の掟とは、
ポップの帝王すらも予測不可能な、
実に残酷で身も蓋もない現実だといえる。





