「楽な方に逃げる人生」の末路。逃げ癖を直し、人生を変える心理スキル
仕事がしんどい、やる気も出ない。
人間関係もストレスで気が重い。
ひとりの方がラク。
もう、人生色々と、お疲れ気味。
そうなると、人は無意識に「楽になりたい」と考え、楽な方へと流されてしまう。
もし、あなたがそういった状況にいるのであれば、人生を好転させるために「超重要」なことをお伝えさせてください。
それは、人生というものは
「目先の楽な選択」をすればするほど、楽にならなくなるという事実です。
これ、多くの人が陥りがちな「人生の罠」だといえます。
今回は、
「なぜ人は楽な方に逃げてしまうのか」
その「心の仕組み」と対処法について、私の実体験を交えてお伝えします。
目次
楽な方に逃げる人生が「楽にならない」理由
「自分の課題」や「目の前の現実」と向き合わず、「目先の楽な選択」を続けた先に待っているもの。
それは「明るい未来」ではなく、
「より一層辛くなった現実」です。
いわゆる「人生の末路」が悲惨なものになる原因の多くは「先送り」にあります。
しかし、私を含めて、全ての人間は無意識に「楽」を求めるし、「楽」になる方向に行ってしまうもの。
私は、この現象に
「目先の楽な選択の先に待っている未来、全然楽じゃない問題」と名付けた。
例えば、嫌な仕事から逃げるために転職を繰り返しても、結局「スキル」も「信頼」も積み上がらず、年を重ねるごとに選択肢が狭まっていく…といったパターン。
あるあるです。
ただ、そもそもこれは「人間の本能」なので、ある意味では仕方ないかもしれない。
原始時代と現代社会のギャップ
人間の脳というものは、基本的に以下のプログラムで動いている。
・「快」を感じるものを求める
・「不快」を感じるものを避けようとする
この脳の本能は、原始時代から変わっていない。
原始時代って、
「目先のこと」だけ考えていれば良かったんですよ。
「目先のこと」だけ考えていれば生存できたから。
目先の安全、目先の食い物。
食欲、性欲、睡眠欲。
それだけを満たせればOKだった。
ただ、現代社会って、目先の視点だけはなく、中長期的に人生を考えていかないと、なかなか思った通りの方向に行かない。
「脳の誤作動」に気付くこと
たとえば、「弁護士になりたい人」がいたとして。
弁護士になるには、司法試験に合格するために、一生懸命勉強する必要がある。
計画を立て、実行し、継続することが求められる。
ただ「勉強」って、脳にとってはあまり「快感」を感じるものではない。
大半の人は、めんどくさい、苦痛、退屈と感じる。
だから、やらない。
その代わり、目先の快感を感じるような、スマホゲームやSNS、暴飲暴食などに走ってしまう。
これが、
私が「脳の誤作動」と読んでいる現象です。
「原始時代→現代社会」という環境の劇的な変化に、脳の進化が追い付いていないんです。
このメカニズムを知っているか知らないかで、人生の難易度が変わってきます。
私の「楽に逃げ続けて人生のドツボにはまった話」
偉そうなことを言っていますが、かつての私は「逃げの達人」でした。
私は高校3年の頃、精神的なイジメが原因で「引きこもり」になりました。
「もう楽になりたい」「傷つきたくない」と全ての現実から逃げ、1日中「寝ているか」「TVゲームをするか」だけの生活を送っていた。
その生活を続けて、どうなったか?
目先の「楽」を求め続けた結果。
心が休まるどころか、地獄のような苦痛が待っていた。
どんどん人生が「ダメな方向」に向かっていき、「自分の人生は失敗だ」という思いだけが強くなっていった。
自分自身に対して、誰よりも自己否定するようになり、常に自己嫌悪や恥を感じていた。
あの頃の私は、自分の全てを諦めていた。
どん底から引き上げてくれたのは幼馴染だった
その状態から脱することができたのは、幼馴染の親友が「動けなくなった自分」を引き上げてくれたから。
登校を渋る自分に、強引に「学校に行く」と約束させ、背中を押してくれた。
ただ、今思い出しても、あの時の決断は恐ろしいものだった。
人生であんなに怖かった事はなかったかもしれない。
家を出ること自体が、恐怖でしかなかった。
「そりゃあ、引きこもりの人が何十年もそのまま行ってしまうわけだ…」 と、今振り返っても思う。
当時の自分にとって、学校に行く事は「地獄」に行くのと同じ。
大袈裟ではなく「拷問を受けに行く」のと同じ感覚だった。
でもそれでも、行くしかなかった。
行かなかったら行かなかったで、それもまた人生が終わるから。
もう、後がなかった。
恐怖で震えながら踏み出したあの一歩がなければ、今の自分はいない。
もし、あのまま親友の助けもなく「楽」を求め続けていたら、どうなっていただろう?と今でもゾッとする。
全く違う人生になっていたことは間違いない。
それも、かなり「悲惨な方向」で。
「楽に逃げる人生 = 幸せな人生」ではない。むしろ逆である。
これは、私が身をもって学んだ真実です。
「楽を求めること」と「楽に逃げること」の違い
誤解しないでほしいのは、「何があっても逃げるな!」「休むな!」「常に走り続けろ!」と言っているわけではないんです。
「今、現実が辛い人」「今、弱っている人」に対して、「楽をするな!」「頑張れ!」と言うのは酷ですし、逆効果です。
努力だけが人生ではないし、常に気を張り詰めて生きていると、いつか心が壊れてしまう。
そうではなく、私があなたにお伝えしたいのは「自分の人生を良くする」という意識を持ちましょう、ということ。
「楽を求める」行動には、2通りある
「楽を求める」
それが主体的な「選択」なのか、目先の現実から目を逸らすための「逃避」なのか。
たとえば、
「明日のパフォーマンスのために早く寝る」
「やるべきことがあるのに、不安から目を逸らすためにベッドでダラダラ過ごす」
行動自体は「寝る」「何もしない」で同じに見えるかもしれない。
しかし、その動機が「選択」なのか「逃避」なのかによって、人生が全く変わってきます。
「楽を求めること」が問題なのではない。
「楽に流され、楽に逃げること」が問題なんです。
あなたにとって「幸せな人生」とは何でしょうか?
何も行動せず、ひたすら「楽な方」へ流され、晩年になって後悔する人生でしょうか?
おそらく違うはずです。
大切なのは、
「自分の人生を、自分で選択する」
つまり「自分の人生を切り拓く」という意識を持つこと。
自分自身と向き合い、目の前の現実と向き合い、「苦(課題)」を乗り越えて「楽(成長・成果)」に昇華させていくこと。
そのプロセス自体に「喜び」を見出すこと。
それを実現するために、自分の「意識」や「在り方(マインドセット)」を整えることを、第一に考えていく必要があります。
「楽に逃げない、流されない自分」の作り方
具体的な方法としては、
・仕事をする時は、目先の楽に惑わされることなく、長期的な視点を持ち、後々苦しくならないように、まず「難しいこと」から片付けていく。
・お金がない苦しみから逃げず、「稼ぐ方法」を直視する。労働だけでなく、仕組み化(ビジネス構築、資産運用など)を学ぶ。
・苦手な人からただ逃げるのではなく、向き合って「関係性」を見直すか、建設的に「清算(距離を置く)」という手を打つ。
・「やりたいけど怖いこと」はやる。先送りせず、着実に進める。
これらは全て、
自分が「自立」して「選択」するという意識から始まる。
「自分の人生を選ぶ」と決めよう
「楽に逃げたい」という気持ちが湧き上がった時。
「楽に逃げると楽にならない」という言葉を思い出してみてください。
大丈夫です。
引きこもりで、家を出るのが「拷問」のように感じていた私ですら、一歩を踏み出すことで人生を変えることができた。
あなたは、あなたの人生を「より良いもの」にする力がある。
誰かの言いなりになる必要も、恐怖に支配される必要もありません。
引きこもりで、家を出るのが「拷問」のように感じていた私ですら、一歩を踏み出すことで人生を変えることができた。
「今日は、何を選択する?」
その小さな選択の積み重ねが、本当の意味で「楽」で「自由」な場所へと連れて行ってくれるはずです。
明日は明日の風が吹く。

