職場で「悪口を言われたら勝ち」な理由|傷つかずにスルーする心理と対処法
「仕事に結果を、自分に誇りを」
ビジネスメンタルトレーナーの木下空です。
「職場で、自分の悪口や悪い噂を立てられているのを知ってしまった…」
そんな時、誰だって落ち込むし、心がざわついたり、腹も立つと思います。
「気にしないように」と思っても、仕事が手に付かない。
「なんでこんな目に?」と、やるせない気持ちになるかもしれない。
もし、あなたが今そんな状況にいるなら。
専門家として、あなたにお伝えします。
実は、悪口を言われるというのは、あなたが「注目されている(脅威である)」という証拠。
つまり、「悪口を言われた時点で、あなたの勝ちは確定している」ということです。
今回は、悪口を言う人の哀れな心理メカニズムを暴き、 涼しい顔でスルーし、逆に自分の評価を上げてしまう「大人の対処法」をお伝えします。
目次
なぜ「悪口を言われたら勝ち」なのか?
理由はシンプルです。
この世界には、人間関係にも当てはまる「絶対的な法則」があります。
それは、「止まっているものには、摩擦(抵抗)は起きない」 というものです。
例えば、ガレージに止まっている車は、風を受けることはない。
しかし、アクセルを踏んで前に進み始めた瞬間、必ず「空気抵抗」という逆風を受けます。
そして、スピードを出せば出すほど、その風当たりは強くなっていく。
これを人生に置き換えると、どうなるか。
「何もしていない人(止まっている人)」は誰からも注目されないし、批判もされない。
「行動している人(進んでいる人)」は、動いているからこそ、周囲との「摩擦」が起き、批判という「逆風」を受ける。
政治家なんて、常にボロカスに言われているじゃないですか?
有名人や成功者にも、必ず多くのアンチ(抵抗勢力)がいます。
つまり、あなたが悪口を言われているということは、 あなたが「前に進んでいる」という証明なんです。
批判は、あなたのステージが上がった合図
逆に言えば、誰からも批判されない人生というのは、「誰の目にも止まらない、何も変化していない人生」かもしれません。
悪口や陰口。
それは、現状から抜け出し、新しいステージに向かって動き出したことに対する「ファンファーレ(合図)」です。
「お、風が強くなってきたな。私、けっこうスピード出てるじゃん」
そう思えば、悪口なんて「スピードが出ている証拠」でしかないんです。
もし、「自業自得」なら直せばいい
ただ、ここで一つだけ、気を付けておきたいことがあります。
「悪口を言われたら勝ち」というのは、あくまで「正しい努力をして、前に進んでいる場合」の話です。
もし、あなたが周りに対して不誠実な対応をして批判されているなら、それは「摩擦」ではなく「自業自得」です。
ただ、今はそれでもいいんです。
私達は、失敗したり、やらかしたりしながら成長していくものですから。
もし、「悪いことをしてしまった…」と思うなら、素直に認めて直せばいい。
誰にだって「内面の課題」はあるわけですから。
課題をクリアするほど、人はもっと強く、優しい人になれる。
つまり、
・理不尽な批判なら、スルーして進む。
・もっともな指摘なら、改善して進む。
どっちに転んでも、それを糧にして自分が成長できるから、 結局は「あなたの勝ち」なんです。
次に、口撃してくる相手の心理を解剖してみましょう。
心理学の視点で見ると、相手が「脅威」ではなく「哀れな観察対象」に見えてきます。
悪口を言ってくる人の心理とは
心理学でいう「投影(とうえい)」
心理学には「投影(プロジェクション)」という概念があります。
これは、「自分の中にある認めたくない欠点や劣等感を、相手の中に見てしまい、それを攻撃する」という心の防衛反応です。
例えば、 「自由に振る舞う人」を攻撃する人は、実は「不自由な状況」で我慢していて、そのイライラをあなたにぶつけているだけ。
つまり、悪口の内容は、相手自身の「自己紹介」に過ぎない。
「あ、この人は今、自分自身のコンプレックスと戦っているんだな」 そう分析できた瞬間、相手の言葉を自分自身と紐付ける意味がなくなります。
あなたは、その人を尊敬できますか?
ここで一つ質問です。
あなたを否定したり、悪口を言っている人間は、あなたにとって「心から尊敬できる人」でしょうか?
おそらく違うはずです。
他人に対してジャッジしたり、攻撃的だったりする人間って、大体において「意識レベルの低い人間」ではないでしょうか。
・自分の都合やメリットだけで行動する人
・自分以外の価値観を認められない人
・感謝の心を持たない人
はっきり言いますが、そんな「尊敬できない人間」が吐き捨てた言葉を、ご丁寧に受け取る必要は1ミリもありません。
悪口を言われた時に気にしないための考え方
プレイヤーか、観客か
悪口を言っている人は、自分の人生を生きていない「観客席の人」です。
一方で、あなたは本番の舞台に立っている「プレイヤー」です。
「本当は舞台に立って勝負したいのに、怖くて観客席にいることしかできない臆病な自分」を正当化したいから、舞台にっている人に向かって批判の言葉を投げつける。
彼らがあなたを批判するのは、あなたの行動や成長に「嫉妬」していたり、無意識に「脅威(負けるかもしれないという恐怖)」を感じているから。
つまり、悪口とは「実はあなたのことを認めています」という、相手からの敗北宣言なんです。
攻撃してくる人は「今、幸せじゃない人」
そして、もう一つ。
人を攻撃する人というのは、その時点で「今、幸せじゃない人」なんです。
何らかの苦痛や不満を抱えていて、それをどう処理していいか分からず、他人にぶつけることでしか発散できない。
いわば、心が悲鳴を上げている状態。
私は、悪口を言っている人を見るとこう思います。
「ああ、今この人、色々としんどいんだな」と。
たとえば、「めちゃくちゃ嫌味を言ってくる上司」は、もしかしたら、奥さんやお子さんとの関係が悪く、家庭に居場所がないのかもしれない(わりとよくあるパターンです)
そう思うと、そこまで腹は立たなくなる。
余裕がある時は「この人、大丈夫かな?」と気遣いの言葉をかけてあげたりします。
すると、相手はハッとして、態度が大きく変わったりする。
もちろん、良い方に。
攻撃しようとしていた相手から、逆に心配されてしまう。
その瞬間に「攻撃者」と「被害者」という構図が崩れ、相手は毒気を抜かれてしまうんです。
悪口を言われた時の対処法
ブッダ式「受け取らない技術」
それでも、やっぱり言われるとムカつくし、悲しい。
そんな時は、あの有名な「ブッダの逸話」を思い出してください。
ある日、ブッダが村を歩いていると、彼を妬む男がやってきて、酷い言葉で罵りました。
「お前は偽善者だ!」「ペテン師だ!」しかし、ブッダは一言も言い返さず、涼しい顔で黙って聞いていました。
男が疲れ果てた頃、ブッダは静かにこう言いました。「もし、他人に贈り物をしようとして、相手がそれを受け取らなかった時。その贈り物は一体誰のものだろうか?」
男は答えます。 「そりゃあ、贈ろうとした者のものだろう」
ブッダは言いました。
「そうか。では、私は君の悪口(贈り物)を受け取らない。だから、その悪口はそのまま君のものだ」
あなたが相手に対して罰を与える必要なんてないんです。
その人は「人を批判・口撃する生き方」によって、この先、ずっとしんどい人生を送っていくわけですから。
大きなストレスや苦しみを抱えて、自滅していくことになる。
そう考えたら、むしろ、可哀相だと思いません?
私たちが他人から口撃を受けた時、自分からそれ受け取ってしまうから苦しくなる。
そうではなく、「あ、なんか汚いボールを投げてきたな」と認識して、「受け取り拒否」のハンコを押して送り返せばいい。
同じ土俵に立って言い返したり、落ち込んだりする必要はありません。
「受け取らない」
ただそれだけで、その悪意は相手に返っていき、自滅していきます。
(※ちなみに、悪口を言う人がその後どう自滅していくか、という「因果応報」の仕組みについては、こちらの記事で詳しく解説しています。)
参考記事:【因果応報】「悪口を言う人」を気にする前に意識すべきこと
自分の評価を上げる「大人の対処法」
心の中で「受け取り拒否」をするだけでも十分ですが、実際の職場でさらに一歩進んで、「自分の評価を上げるチャンス」に変えてしまう方法があります。
それは、「敢えて笑顔で丁寧に接すること」です。
悪口を言っている相手と顔を合わせた時、気まずそうに目を逸らしたり、ムッとした顔を見せてはいけません。
それは「あなたの攻撃が効いています」という敗北宣言になってしまいます。
逆に、目を見て、ニッコリ笑って「おはようございます!」「お疲れ様です!」と、誰よりも元気に挨拶してみてください。
すると、どうなるか?
相手は動揺します。
「あれ?効いてない?」「もしかして気づいてない?」とペースを乱される。
一方で、あなたの評価は上がります。
「あんなに悪口を言われているのに、大人の対応ができる器の大きい人だ」と、周囲からの信頼が一気に高まる。
相手を攻撃し返すのではなく、「圧倒的な格の違い」を見せつける。
これこそが、職場で生き抜くための最もスマートで、効果的な対処法だといえます。
【体験談】私が「他人の評価」の奴隷をやめた日
悪口を気にせず、カラっと忘れる人もいれば、 過度に落ち込んで、ずっと引きずってしまう人もいる。
この違いは、何でしょうか?
誹謗中傷に対して、過度に落ち込む人に共通すること。
それは「劣等感が強い」ということです。
劣等感やコンプレックスが強く、自分に自信が持てない。
だから、他人から言われた「否定の言葉」を全部受け取って、それをそのまま「自己評価」にしてしまう。
誰よりも、自分自身がそう思っているから。
私自身も、昔はそういった人間でした。
自分に自信がなく、常に他人の顔色を伺い、「ナメられたくない」と肩肘を張って生きていました。
ただ、ある時ハッと気付いたんです。
「どうして、軽蔑するような人間の言うことを信じるんだろう」と。
「信用できない人間の言うことなんて、1ミリも信じなくていいんだ」と。
「他人の評価の奴隷」として生きるのは、もうやめようと決めました。
幸せになれない「不幸な矛盾」
そして、これも今考えてみれば不思議な話なんですが、当時の私は、尊敬できる人達からの「肯定の言葉」は受け取らなかったんです。
褒められても「いやいや」と否定したり、受け取ったとしても「話半分」というか、「半信半疑」でした。
「尊敬できない人」「嫌いな人」からの「否定の言葉」は、真に受けて落ち込む。
「尊敬できる人」「好きな人」からの「肯定の言葉」は、信じずに受け取らない。
そりゃ、そんなことを続けていたら病みますよ(笑)
どう考えても、幸せに生きられる要素が見つからない思考パターンです。
自分の価値は、自分で決める
マインドが変わることは、「見える世界が変わる」ということです。
自分の存在価値を「実績」や「他人の評価」で決めるという依存的な生き方ではなく、「自分の価値は自分で決めるんだ」という原点に立ち返る。
自分の価値を決める権利を、他人に明け渡してはいけない。
どうでもいい人間の「無責任な言葉」は、あなたの人生と何の関係もない。
悪口や陰口を言ってくる人を「反面教師」にする
最後に。
「生きること」とは、 人から非難されたり嫌われることも含めて、そこから学びを得ることです。
悪口を言う人に出会ったら、こう思えばいいかもしれません。
「私は、こういう人間にはならないでおこう」
・自分の都合だけで人を叩く人
・想像力がなく、感謝を持たない人
彼らは、自分の身を持って「やってはいけない生き方」を教えてくれている。
そう捉えれば、彼らの存在も、あなたの器を広げるための「糧」に変わる。
悪口を言われるのは、あなたが物語の「主人公」である証拠です。
観客席にいる人たちが、舞台上のあなたを見て騒いでいるだけ。
雑音はBGMにして、堂々と自分の人生を歩んでください。
あなたが前を向いて進み続ける限り、その悪口はいつか「追い風」に変わりる。
応援しています。

