陰キャ専門ビジネスコーチ

「人生を諦めた」という大人の本音とは?

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「人生を諦めた」という大人の本音とは?
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「仕事で結果を出すスキル」「無敵の人間関係を創る技術」「ストレスリーのマインドセット」「自分の能力を発揮する技術」を教える専門家。「職場性ストレス」の第一人者。自身も元国営企業に17年間在籍。派閥や忖度が横行する弱肉強食の世界で、異例の若さで管理職に昇進。300人以上の部下をマネジメントし、あらゆる「仕事のトラブル」「人間関係の問題」を解決してきた経験を持つ。活動開始から5年間で様々な業種の会社員/管理職、起業家、経営者、コーチ/カウンセラーなど約500名をコーチング、1500人以上にサポートを行う。コーチングの世界的権威から学んだメソッドと、自身の壮絶な人生経験に裏打ちされたコーチング技術は、社会人が抱える悩みや問題を解消し「現実の成功/内面の成長」を掴む技術として定評がある。
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こんばんは。

『あなたを職場性ストレスから解放する』

マネジメンタルトレーナーの木下空です。

 

「人生を諦めた」と言う人達の心理

私が、元国営企業でサラリーマンをしていた時代、

たくさんの「もう俺は人生諦めてるから」という人達を見てきた。

 

常に、ネガティブでやけっぱちな空気感を前面に出す人もいたし、

悲壮感を漂わせながら、鬱屈としたオーラを発する人も多かった。

そういったネガティブな想念は、割と強い「伝染力」を持っているので、

職場の雰囲気は凄まじく悪かった。笑

 

当時管理職だった私は、彼らに「真面目にキッチリ仕事をしてもらう」という、

一休さんでも「無理です」と言いそうなレベルの難題に取り組んでいた。

大半の従業員が、仕事に対してのモチベーションを持っていなかったし、

彼らが考えている事といえば、

いかにして、仕事という「苦痛な時間」を省エネでやり過ごし、

給料を貰って好きな事をするか(パチンコ、競馬、趣味のアニメなど)だけだった。

そんな彼らが行う「仕事」は、一般的な常識やモラルからかけ離れた、

あり得ないレベルの「手抜き」が常態化していた。

しかし「数の論理」で、それがまかり通ってしまうという、

まさに「悪貨は良貨を駆逐する」を体現したような会社だった。

ごく一部の良識的な人や管理者連中も、それを注意する事なく、

自分の仕事だけを淡々と行なっていた。

 

私自身は、硬軟を織り交ぜたあらゆる方法を試した結果、

最終的には「仏の心で見守る」という結論に至った。

どれだけ人間的に軽蔑するような人間であっても、

同じ会社で働く以上、その相手と「一定以上の関係性」を保つ必要がある。

ましてや、私は管理職である。それが職務に含まれている。

 

クソみたいな人間に「お前クソやな!」と言うことは、痛快ではある。

だが、それで何かが良くなる事は絶対にあり得ない。

それを言いたいのをグッと堪えて、今日も多くの管理職の方々が頑張っている。

 

私は「彼らに細かいことを注意してもキリがない」

そして「注意するほどモチベーションが下がる」ことを考慮した末に、

仕事における、明確な「及第基準」「ガイドライン」を設定することにした。

「100点はとらなくていい。60点でOK。後の40点はこっちでカバーするから」

というスタンスである。

もし、誰かがそこから外れた場合には「サッカーの審判」のように、

中立性を保ちながら「優しく言い聞かせるように」指導する。

それでもナメてくるような態度をとってくる人間に対しては、

静かに、相手の目を見据えて無言の圧力をかけ、穏便に済ませた。

周囲に対して、

「コイツは100%真剣に仕事をしている」

「コイツに懐柔策は効かない」

「コイツは怒らせたら行くところまで行く」という印象を、徹底して浸透させた。

 

当然、毎日のように「ゾッとするような初歩的なミス」が頻発する職場だったが、

自分の叩き上げた「集中力」で、全てを未然にカバーした。

毎日が、真剣勝負。

あのヒリつくような緊張感は、結構好きだった。笑

 

で、そういった人達と多く関わってきたが、

「この人達、口では人生諦めたとか色々言ってるけど、ちょっと違うよな」

と思っていた。

 

「人生を諦めた」という大人の本音

大前提として「人生」は諦めるものではない。

ただ、何かをやって諦めることはもちろんあるだろう。

人生において、自分だけの力では及ばないこと。

手放す必要のあることは、当然出てくる。

そして、本当に何かを諦めたなら、もっと吹っ切れたような表情で生きているはずである。

諦めるとは、 完全に「思いを断つ」「明らかにする」

つまり「執着を手放すこと」である。

 

「諦める」とは、消極的なことと思われがちだが、

実は、前向き且つ積極的な意味で使われる言葉なのだ。

「納得して次に進む為」に、諦めるのだ。

(ちなみに「諦める」の語源は、仏教の「真理を観察して明らかにする」という意味から来ている)

 

他方、

いつまでも未練を残したり、ダラダラと引きずったり、愚痴を言ったり、

自暴自棄になる人は「諦めている」のではない。

 

これを当人に指摘すると、必ず激昂するので言わないが、

「人生を諦めているの」ではなく、

「人生が上手くいかないから拗ねている」だけなのだ。

 

こういった状態に陥った人は、

拗ねて、ふて腐れた子供がオモチャなどを投げて癇癪を起こすように、

積極的に「自分の人生の可能性」を壊しにかかる。

 

「本当はやりたいこと」をボイコットしたり、

運良くチャンスが巡ってきても、目を背けてフイにしてしまう。

 

自分で自分の可能性を潰しておいて、

「ほら、やっぱりダメだっただろ!」

と、どこかカタルシスを感じさせるような振る舞いをする。

 

なぜか?

「悲劇のヒロイン」でいることは、気持ちいいのだ。

 

ここまで書いて偉そうに聞こえたかもしれないが、

私も10代〜20代の頃に、そんな時期があった。

 

「こんなロクでもない家庭に生まれて、高校時代に引きこもりにもなって、自分の人生ケチがつき過ぎたし、運が悪過ぎた。」

「挙げ句の果てには、こんな嫌な会社にしがみ付く事でしか生きていけない。自分は【社会の落ちこぼれ】なんだ。」

そう思っていた。

 

しかしもう、そういった生き方は止めた。

自分自身と向き合う中で、気付いたのだ。

結局、私にとって「最も嫌なこと」は、

「自分の人生の最後に、後悔しながら死ぬこと」だった。

それだけは、絶対に嫌だった。

そこに気付いてからは、どんなに困難な状況に遭遇しても、

歯を食いしばって、立ち上がって歩き続けた。

 

人生を諦めている人は「過去に縛り付けられた人」である

「過去に失敗したから、もうダメだ」

「過去に運が悪かったから、もうダメだ」

「過去に他人に否定されから、もうダメだ」

「過去に他人から裏切られたから、もうダメだ」

「生まれた家庭が酷かったから、もうダメだ」

「良い学校に行けなかったから、もうダメだ」

「良い会社に就職できなかったから、もうダメだ」

 

こういった経験によって、

自分の努力、自分の人生が「無駄になった」と強く思い込み、

可能性に満ち溢れた「未来」に対しても、

「どうせ努力しても一緒だから」という諦めの烙印を押してしまう。

 

では、どうすれば良いのか?

 

 

「上手くいかない」=「無駄」という発想と決別する

「上手くいかない」=「人生の無駄」

「失敗」=「人生の無駄」

 

この発想こそが「最大の無駄」なのだ。

「成功者」といわれる人物と数多く会ってきたが、

彼らは膨大な「上手くいかない経験」「失敗した経験」をしている。

それ自体が次に活かせる「貴重な経験」であり、

自分にとっての「資産(リソース)」であることを理解している。

 

私自身も、管理職時代に「致命的なミス」をした。

懲罰として日勤教育に送られ、体調を崩して40日間休職し、

復帰後も、職場にいるだけで動悸と脂汗が止まらないような状態。

社内での評価は、どん底まで落ちた。

そして、私に仕事で注意されて恨みを持っていた連中から「あいつは精神障害者だ」とか、

根も葉もない噂を流され「人の悪意に殺される」レベルの恐怖を感じた。

「もうやめてくれ」と叫び出したいような、惨めな気持ちだった。

 

しかし、今はこう断言できる。

『その時のミスがなければ、今の私は存在しない』

 

絶望と孤独の中で自分と向き合い、こう思った。

「俺は、苦しむ為に生まれてきたんじゃない」

「こんな辛い思いをする為に生まれてきたんじゃない」

「もう2度と、自分にこんな惨めな思いはさせない」

その経験をキッカケに「自分を成長させる旅」が始まった。

コミュニケーションスキル、NLP(神経言語プログラミング)を学んだり、

コーチングを受けたり、高名な武道家に弟子入りしたり、

自分の直感に響いたものは、全てやった。

給料もボーナスも、全て自己成長の為の学びに投資した。

 

世間でいわれる「致命的な失敗」によって、私の人生は変わった。

これがもし「失敗したから人生を諦める」という発想のままなら、

今でも「負け犬のような人生」を送っていただろう。

「失敗は成功のもと」という言葉は真実だが、

それがもしあなたの心に響かないのなら、シンプルにこう考えたらいい。

「成功するまでやり続けたらいいのだ」と。

 

あなたの人生に、他人は関係ない。

他人にどう思われようが、何を言われようが、関係ない。

「自分自身が、本当はどうしたいか」

自分の本心と正直に向き合わなければ、答えは出てこない。

 

人生に拗ねている間も、時は進んでいく。

「もう無駄な努力はしたくないから」「もう失敗はしたくないから」

そんな理由で、

「時間」という、お金に換算できない程の価値を持つ資産をドブに捨て続ける。

そうやって、最後まで人生に拗ね続けて、死んでいった人を見てきた。

想像してみてほしい。

あなた自身が、人生の最後に「後悔」しながら死んでいくことを。

 

あなたが、今どういった状況にいるかは、私にはわからない。

しかし、これだけは言わせてほしい。

いかなることがあっても、あなたの人生において、「人生の最後に後悔しながら死ぬこと」に許可を出してはいけない。

 

今、あなたが歩いている道が、どんな結末に繋がっているのか、よく考えてみてほしい。

あなたが望む「理想の未来」があるなら、「今」そこに向かって歩き出せばいい。

 

自分が与えられた「大切な時間」を、大切に生きたいものだ。

 

いつだって「今」あなたは自由なのだから。

 

成し遂げんとした志を

ただ一回の敗北によって捨ててはならぬ。

 

シェイクスピア

 

 

明日は明日の風が吹く。 

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Comment

  1. より:

    会社にいた彼らは自分の可能性などという不確実なものに金と時間の投資するのをやめてパチンコ、競馬、趣味のアニメなどを楽しんでいたのだから良いのでは。株の世界では損切りは重要というのは誰もがわかってることなのに、人生の話となると途端に時間と金を成長のために投資し続けるべきだと言い出すのはどういうことだろう。資本主義社会に住むほとんどの人が「成長」を繰り返すのみで利益を回収できてないように見える。

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